独立運動と病人救済に捧げた生涯
医学者であり独立運動家の仁山金一勳先生の話です。
公害時代の健康の知恵を残す
仁山はすでに1970年代初期、公害毒による難病の増加を予想してその治療対策をたてた。当時は「公害」という単語自体がなかったが、仁山は新聞紙上に化工薬毒の汚染がもたらす災難を警告し、その対策を提示する文章を書いたりもした。1980年には癌をはじめとする現代難病の治療法を書いた<宇宙と神薬>を、1981年にはやはり同じ内容の<救世神方>を著述した。
しかしこの本はあまりにも奥深くて難解で一般人にはほとんど読まれなかった。 77歳の時である1985年、仁山はあなたの知恵を一般人が簡単に知ることができるように世の中に広げなければならないという子供たちの要請により、自身の知恵と経験医方を口述し始めた。 仁山の口述を子供たちが書き取ってまとめれば仁山が再び監修する作業を1年余りした末に一冊の本がさらに出版された。これが仁山の医学と思想が集大成された<神薬>という本である。この本は今まで30万冊以上販売された。
<神薬>が発刊されるといくつかの雑誌が本の内容と仁山の行跡を特筆大書し、難病患者が慶南咸陽に集まり始めた。 仁山は「最後に行く道」に自身の経験と医療の知恵を世の中に全て公開すると決心し、1986年6月から全国巡回講演会を始めた。1991年5月まで30回にかけて全国の主要都市、そして米国と中国で仁山の「神薬神方」が世の中の人々に知らされた。この講演は全て録音され、後日その全文が<神薬本草>という名前の本で出版された。
仁山は1992年5月19日夕方、享年84歳で他界した。